訳者あとがき(震災復興) of 『味わう生き方』を実践する




『味わう生き方』は”SAVOR”日本語版の題名です。

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訳者解説
ひとりとひとつを味わうメソッドとしてのマインドフルネス

(1から4は略)

5.震災復興に寄せて

 本書の校正作業のために全章を通読している最中、東日本大震災が発生した。その後の報道で知る内容は、どの段階のものも、本書の内容と実にオーバーラップする。帰路の電車の行列に整然と待つ都会人、被災地の避難所で物資を譲り合って支えあう姿勢、一日一個のおにぎりにも感謝して分かち合う食事、悲嘆に暮れずに希望を見出して黙々と片付けを始める精神力、避難所に居ながらも自分達でできる奉仕を始める小中学生の姿ほか多くの事例が、あたかも本書の内容を解説しているかのような錯覚を覚える。

 著者から日本の読者に向けたメッセージに「日本人にはもともとマインドフルネスが備わっている」とあるが、今回の震災はそれを立証した形となった。また、地元の警察や消防団らによる避難誘導への責任感、福島原発に立ち向かう消防隊や自衛隊、東電社員らの無私の精神と統率の取れた手際よい任務遂行、短期間の道路や工場の復旧など、日本人の抑制された冷静さと勤勉さは、世界中から驚嘆をもって賞賛されている。米国の論壇では、相互扶助や連帯感による強固な結びつきという本来の日本文化に基づき、新しい日本の登場を予測させるとも論評されている。

 しかし、こういう賛辞で浮かれてはいけない。生活物資の買いだめや農産物の風評被害、放射能への一様に過剰な反応などは、連帯感と根っこを同じくする「集団行動」である。皆がしているから右に倣え、では全体の最適は望めない。「ひとつ」になることは得意だが、「ひとり」になった時にじっくりと考えるのが得意ではないのかも知れない。

 日本には、幕末と戦後の二度とも、亡国の危機を短期間に乗り越えた実績がある。しかし、物質面が豊かなると、その後は決まって精神面が緩んでしまった。今度こそ、持ち前のマインドフルな素養を礎として、モノやエネルギーを浪費せずに、少ない量でも満足できる、精神面でも成熟した社会を構築する機会にしたい。自らの行動が社会に与える影響を考え、また与えられたものから満足を引き出すには、「ひとり」を味わうマインドフルネスの実践が有用だろう。

 今回、実に多くの義援金やボランティア、医療・看護職、技術者、救援物資、声援などあらゆる支援が、日本のみならず世界中から届き、大変、勇気づけられた。一方で、被災しなかった都市部で物を買う際に、品薄や欠品の理由を聞いて、意外なほどに東北の農産物や資材が関係していることがわかった。また、高精度の電子部品の製造工場の被災が、世界の関連業界に影響を与えているとも聞く。我々は世界から影響を受け、また世界に影響を与えているという本書の基本的な主題(インタービーイング)を、ここでも確認することになった。

 しっかりと「ひとつを味わう」ことで、狭隘な国粋主義に陥ることなく、世界中から受けている恩と、不本意ながらかけているご迷惑も忘れないように復興を進めたい。今回の辛い経験を大いに糧とし、エネルギー問題という人類の共通課題にも果敢に取り組むことで、犠牲になった多くの方々のために、また全世界の人々からの期待に応えていけるかもしれない。時々の課題に対して指針を見出すために、分厚い本書を何時でも手にとり、実践の書として役立てていただけることを切に願う。

  • 2011 年4月11 日
  • 心と社会も含めた日本の復興を信じつつ
  • 東京都東久留米の自宅にて
  • 大賀英史
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